To Home

『NFBと高域発振に対する安定度』・『ボード線図』 について
 
■NFBの効用とマジック■
パワーアンプを製作する上で重要な要素を占める、NFBと高域発振に対する安定度、そして安定度の確認(測定法)などについて、概略になりますが下記に述べてみたいと思います。

NFBにはパワーアンプの特性改善といういわば万能薬でもあり、そして、特効薬的効果も兼ね備えています。NFBの効用で代表的なのがひずみ率特性の改善です。NFBによるひずみ率特性改善は理論的にはNFBの量に反比例して少なくなります。

例えば無帰還時に0.6%存在するひずみ率値は、10dB(約3倍)のNFBをかけると0.2%(1/3)に低減します。出力トランスを持つ真空管アンプでは現実的ではありませんが、仮に20dBものNFBがかけられたとすると、理論的には無帰還時のひずみ率0.6%がたちまち0.06%に低減してしまいます。

しかし、実際には増幅回路の各段ごとに発生するひずみが相互に打ち消しあったり、あるいは増長したりでアンプ全体のひずみが決定しますので、必ずしもNF量と等しくひずみ率が低下するわけではありませんが、少なくとも無帰還時に比べれば劇的効果で低ひずみ率アンプになります。

NFBループ内で発生する残留雑音もひずみ率と同様、NFBに反比例して低減します。例えばフィラメントハムが1mV存在する直熱三極管シングルアンプに、6dB(2倍)のNFBをかけると1mVの1/2、0.5mVに低減します。

しかし、この残留ノイズの低下は回路自身が発生しているノイズを減らしているのではなく、あくまで帰還後のゲイン低下により見かけ上残留ノイズの出力電圧が下がっているだけ、ということも認識しておくことも重要です。言い換えれば「入力換算ノイズ」の改善にはなんら寄与していないということです。

周波数特性のフラット領域も広がります。負帰還にはNFループ内のゲインを一定にしようとする性質があります。この性質はいわば自動制御回路で、帰還がかかる周波数帯域全般にわたりゲインを一定にしようとする性質が働き、その結果周波数特性が広帯域化されるわけです。

しかしながら、下記にNFBによる周波数特性が改善される様子を示した図(このグラフは概念図)を示しますが、この図からわかることは10dB程度の少量NFBで広い帯域にわたりフラットなF特を確保するには、無帰還時のF特にも十分な配慮しなければならないことがわかります。

この無帰還時の特性はF特に限ったことではなく、ひずみ率特性もそして残留雑音も同様、無帰還時の特性に十分配慮した上でのNFBでなければなりません。NFBはいわば薄化粧で使用するのが、良い音のするアンプ設計とも言えるでしょう。
 


 
■NFBによる周波数特性の広帯域化の様子■
 

 
NFBをかけると無帰還時のゲインが“見かけ上”低下します。(ゲインはNFBをかけたからといって、NFループ内のゲインが低下するわけではありません)

さらに出力インピーダンスも低下します。とりわけ多極管アンプにおけるオーバーオールNFB、あるいはUL接続、三極管接続、カソード帰還などの局部帰還は、出力管の出力インピーダンス低減をもたらし、適度なダンピングファクター確保には不可欠な存在です。

元々内部抵抗の低い直熱三極管アンプは、無帰還でもダンピングファクターは「1」以上が確保されますのでこれだけ見れば無帰還でも良さそうですが、積極的にNFBをかけた三極管アンプの音質もまた魅力的です。

ただこの出力インピーダンスの低下も“見かけ上”であって、例えばプリアンプの出力インピーダンスをNFBにより低下させても、低い負荷抵抗(負荷インピーダンス)に耐えられるようにはなっていない、という点に注意しなければなりません。この場合の出力インピーダンスの低下は、長いシールドケーブル使用時の高域減衰に効果があっても、重い負荷に耐えられるわけではありません。

NFBは一見何にでも良く効く万能薬にも見えますが、使い方を誤るとさほどの効果もなく、場合によっては副作用を伴います。NFBを有効に作用させるためには、基本設計である無帰還時の特性を整えることが重要なポイントになります。その上で少量のNFBでも、あるいは積極的な多量NFBも良しです。さらにはオーバーオールNFB一辺倒ではなく、的を得た局部帰還の併用はさらなる音質の向上と特性改善をもたらします。
 

 
■NFBの高域発振と安定度■
様々な効用を持つNFBではありますが、その使用方法に的確性を欠くと大きな副作用があることは上述のとおりですが、代表的弊害は高域周波数での「不安定」、場合によっては特定の高域周波数で「発振」に至ります。ここではNFBアンプの安定性の確認方法と、高域発振に至る余裕度(マージン)について簡単に触れてみたいと思います。

NFBとは負帰還ですので、入力信号と出力信号(帰還信号)が負帰還の条件が保たれている限り発振には至りません。

ところが増幅回路、特に真空管アンプには結合コンデンサーですとか出力トランスがNFBのループ内に入ります。これらは周波数特性が一定ではなく、ある特定の周波数を起点として周波数特性に変化が生じます。この変化は位相特性の変化として現れ、その位相が180度変化(回転)すると負帰還から正帰還となり、これがNFBアンプが発振する基本的な条件となるわけです。

もう少し正確に言うと、180度位相が回転した周波数でアンプのゲインが0dB以下であれば、帰還信号である出力信号が戻ってきてもゲインがさらに大きくなることはなく、発振にはいたりません。

位相が回転する要因には回路内では、カップリングコンデンサーとか出力トランス、あるいは段間に使用するドライバートランスなどの位相特性が主な要因です。さらにパワーアンプの場合は、スピーカー端子に接続される負荷も含まれます。例えばLCで構成されるネットワークなどでも位相回転を生じます。

これら各々の素子が周波数特性を持ち、周波数が変化すると位相が進んだり遅れたりしながら回路系の位相特性が決まります。従ってNFBを安定にかけるには、NFBループ内に含まれる回路内から位相回転を生じる素子を可能な限り追い出してしまうことです。

例えば、2段増幅回路を直結にしてカップリングコンデンサーを取り去るなども有効な手段です。しかしどうしても取り去ることができない出力トランスは、本来あらかじめ位相特性とインピーダンス特性を把握した上で採用すべき部品であると考えています。
 
■高域周波数でのNFBの安定度測定・ボード線図について■
NFBの高域周波数の発振に対する安定度につきましては、少々面倒ではありますがアンプのゲインの変化と同時に位相の変化を測定することにより把握します。その結果をグラフ化した図を下図に示します。この解析方法を確立したのはイギリス人のBode氏であることから解析者の名をとって、このグラフをボード線図と呼びます、ボード線図は「ボーデ線図」と書くことがありますが、このページでは習慣上「ボード線図」と書き表します。

実際の測定方法につきましては後述しますが、ループゲインが0dBになる周波数での位相の変化を読み取り、180度以下であればその差を「位相余裕」と呼びます。次に位相が180度変化した周波数でのループゲインがどのくらい低下しているかを読み取り、その値を「ゲイン余裕」と呼んでいます。
 
 

 
■ボード線図(ボーデ線図)■
 
 
上図のグラフからは周波数350kHzでループゲインが0dBになり、その時の位相の推移は140度と読み取れますので、位相余裕は40度となります。さらに周波数を上げて行きますと、500kHzで位相が180度回転し、その時のゲインは−10dBとなり、この値がゲイン余裕となります。

位相余裕とゲイン余裕は、大きければ大きいほど発振に対しては安定ではありますが、実際にはアンプの周波数特性、方形波の再現性(トランジェント)など、総合的なバランスを考慮して行きますと、少なくともゲイン余裕は6dB、位相余裕は30度以上を確保できれば、とりあえず安定と言える値です。
 
 
 
■ボード線図の作成・NFBループ特性の測定■
次に実際のアンプでNFBの安定度を測定してみます。測定法のブロックダイアグラムは下記に示しました。ここで使用したアンプはマルチループのNFBを採用した2A3PP「HK-9」を使用しています。
 

 
■ループゲインと位相特性の測定法■
 



被測定アンプのゲインと位相の推移を同時に測定してグラフに表したのがボード線図と言います。測定法は上図の方法を用いるのが一般的です。

上図右側の測定器の結線図では、通常オーディオアンプの測定に用いる一般的性能を持つ計測器を使用しています。これでも何とか測定は可能ですが、測定周波数が1MHz近辺にいたることが多く、実際には発振周波数の上限が10MHz程のファンクション・ジェネレータを用います。

また上図では、位相の変化を2現象オシロのリサージュ波形で読み取ります。これは位相計を使用して測定すれば効率的かつ精度の高い測定ができますが、頻繁に測定するものでもありません。従って一般的には位相計を持ち出すほどでもなく、オシロスコープでの波形観測でも測定は可能です。


■位相計・MEGURO MPM-551■
左の写真は現在使用していいる位相計「MEGURO MPM-551」。年式は古い測定器だが精度も高く便利に使用している。

■測定周波数帯域:10Hz〜2MHz。
■フルスケール±5°レンジを使用すれば±0.1°精度の測定が可能。
■位相の推移がDC電圧で出力されるので、デジボルを使用すればデジタルでの読み取りも可能。

モニターには上図のリサージュを併用しながら測定する
発振器には10MHzのファンクション・ジェネレーターを使用し、最大2MHzまでのループ特性が正確に測定できる。

 


ゲインと位相の推移は、入力信号と出力トランス2次側からのNFB信号とを測定しますが、NFB抵抗R11は上図のとおりR3、R4部で切り、R4の代わりにR4'をNFB抵抗の負荷として出力信号を測定します。

この状態で測定することをオープンループ(開ループ)の測定と称します。一方、NFB抵抗を切らない場合はクローズドループ(閉ループ)と呼んでいますが、この場合はR4に入力信号の一部と、NFBで戻ってくる信号が重畳されますので正確なループ特性は測れません。

測定器は上述のとおり一般的なものでも測定可能ですが、測定周波数が1MHz近辺に達することが多いので少なくとも測定帯域は1MHz以上、できればそれ以上の帯域が測定可能な計測器があれば万全です。測定器の帯域は発振器だけではありません。レベルメータの周波数特性にもご注意ください。

ゲインの測定は入力信号と出力信号の差をデシベルに換算しますが、例えば入力信号を−30dBm一定にして測定すればレベルメータを出力端子に接続するだけで測定できます。2現象オシロスコープを使用した位相の測定は、オシロのch1とch2に入力信号と出力信号をそれぞれ入力し、時間軸をX−Yポジションに設定してリサージュ波形から読み取ります。リサージュ波形の“形”と位相角の関係は下図のとおり、画面の「A」と「B」から計算で求めます。
 

 
■リサージュ波形と位相角の関係■

 
■2A3PP「HK-9」の高域安定性の測定■
下図に示されてるのは2A3PP「HK-9」のループ特性を測定したボード線図です。HK-9はオーバーオールNFBとローカルNFB(局部帰還)を併用していますが、上図の測定法のとおり位相補正用の100pFをはずし、スピーカー端子には8Ω純抵抗を負荷して測定しています。
 


■2A3PP「HK-9」のボード線図■
 

 
測定のスタートは1kHzの信号を入力してみます。この時オシロのリサージュ波形は直線が描かれ、この波形が位相差0度になります。入力信号と出力信号に位相差がなければ、リサージュ“波形”と言っても画面には直線が描かれます。この直線波形が右上がりか左上がりかはオシロのX-Y入力次第で決まりますが、習慣上右上がりを0度としています。ここで同時にゲインも測定しておきます。

次に発振器の周波数を上げて行きますと20kHzあたりから直線であったリサージュ波形が徐々に膨らんできて、さらに周波数を上げていきますと、249kHzのところでゲインが0dBになります。このゲインが0dBになるリサージュ波形から上図に示した「A」と「B」の大きさを読み取り、計算により位相角を求めますと149度となります。

位相が180度回転した時が発振の条件でしたので、180度まではまだ31度残っており、この値31度が位相余裕となります。

さらに周波数を上げて行きますと、周波数1.17MHzで左上がりの直線リサージュ波形となり、周波数1kHzに対して1.17MHzで位相が180度回転したことになります。ここでゲインを測定すると−18.7dBとなり、この18.7dBがゲイン余裕となります。

HK-9のNFBはマルチNFBでかつオーバーオールNFBは約15dBかけていますが、この測定からHK-9のNFBは位相補正なしでも十分安定領域であることが明らかになります。

次に方形波再現性を確認します。方形波入力では立ち上がり付近で若干の“角”(オーバーシュート)が観測されます。位相余裕ももう少し確保した方が安定になりますので、ここで位相補正を行います。位相補正はNFBの抵抗とパラに100pFを入れて方形波の波形再現性を整え、再度ループ特性を測定しますと、ゲインが0dBになる周波数は1.3MHz、その時の位相余裕は57.6度、位相が180度回転する周波数は2.67MHzで、この点でのゲイン余裕は7.7dBと測定されます。

これでとりあえずスピーカー負荷が純抵抗の時の安定性は確認できました。しかしこれだけでは不十分で、スピーカー端子が無負荷の時、さらにはスピーカーシステムのネットワークがつながることを想定したL+C負荷時のループ特性を測定しておくことでNFBアンプは完成します。

このページでは高域周波数での安定度についてご紹介しましたが、実はNFBループ内には低域側にも発振の条件は存在します。低域側の発振の要因は増幅回路各段につながれるカップリングコンデンサーの時定数が不適当な場合です。しかしながらNFB量の少ないパワーアンプで低域側のループ特性で発振をしてしまうことは極まれなケースです。それと低域側の測定は1Hz以下、時には10mHzなどという超低域周波数の測定になりますのでサーボアナライザーとかネットワークアナライザーのような専用計測器を持ち出さないと困難を極める測定です。

高域側の位相変化のほとんどは、出力トランスの位相特性で決まってしまいます。NFBを安定にかけるには、位相特性の良い出力トランスを使うことがNFBアンプ成功の大きな要素になります。

以上さわりだけになりましたが、NFBアンプの高域周波数における安定度についてご紹介しました。このホームページを訪問される方は自作マニアの方々も多く、少し広帯域になりますが一般的な計測器があればNFBの安定性を測定することは難しいことではありません。このページが自作NFBアンプの完成度を高める材料になれば幸いです。
 



Page Top↑
 ■■■■
■■■■■